太陽の恵み
ドラマも、先週くらいにバタバタと最終回を迎え、私的には、淋しい時期です。
私の住む一角は、繁華街なんですけど、昨年から不穏な風が吹き出しました。各種学校が触手を広げてどんどん、空き地を作り、風俗営業までどかして、我が家の向かいはすかすかのだだっ広い空き地になりました。
屋上に、父が残した四畳半くらいの温室があります。理系大学の助教授だった父は、とても気難しい人でした。冗談を言い合っての食卓なんて囲んだこともありませんでした。そんな父が、趣味として、万年青(おもと)と東洋ランを栽培し始めました。それについてはまたお話しすることもあるかと思いますが、今日は、温室についてのお話にしておきます。
向かいが、バブルのころパチンコ屋になり、すぐに潰れて、マンションが出来るはずでしたが、転売されて、学校が買いました。昨年から、ずっと、朝日が差し始め、20年ぶりくらいに、部屋がぽかぽか暖かく感じられました。
屋上の温室は、夏は40℃を越え、冬は、凍らないだけましな立地条件にありました。残された母は、草木の手入れはおろか、万年青をいじることも無く過ごしていた人でした。
朝日は、そんな過酷な条件にもめげずに枯れなかった東洋ランたちには、素晴らしい恩恵だったようです。
山に入れば、いくらでも見られそうな花ですがそれは通称”ジジババ”です。これは、午前中、とくに良い香りで、温室中、春が来たとうれしくなるほどの馥郁たる香りと、幸せをくれます。
最後の入院の時、名札を前部外してしまった父でした。未だになぜなのかわかりません。おかげで、母は、図鑑を頼りに、名前を探していました。今年は8輪咲き、新記録でした。
現在、地下室の方を作っている、向かいですが、それが終ると、あっという間に、7階が建ってしまうことでしょう。来年は、無理だろうと、ランは知っているのかもしれません。

私のほうも、被害が甚大でした。母と共に、住み続けようと思っていたこの地が、移動しなければならないようす。従業員の家族の、面倒も見ているわけですから 、目減りする収入を放っておくわけにはいきません。悩みはだんだん、大きくなります。
温室の植木たちも、外の花木たちも、枯らしたくありません。学校があるのは文京区だけで後はいらないと思っていたのは、私だけだったのでしょうか?
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